やる気がでない、なにもしたくない…子育てが落ち着いても苦しさが消えなかったあの頃|第2話

物語

あれほど長く苦しんだ息子の問題はようやく落ち着き、私の大きな願いがついに叶った――はずでした。

けれど。
心は、少しも軽くならなかったのです。

あれほど望んでいた現実が手に入ったのに。

理由も分からず…ただただ戸惑いました。

でも、今なら分かります。
苦しさの原因は、目の前の現実ではなかったのです。

▶当時の私は、
苦しさの原因はすべて夫にあると思っていました。
その頃の私はこちらです。

子育てがつらい…ワンオペ育児と冷え切った夫婦関係|第1話
子育てがつらい、孤独で苦しいと感じていませんか?夫婦関係が冷え切っていった18年間の実体験をもとに、なぜ心が離れていったのか、そして状況が良くなっても心が回復できなかった現実についてお伝えします。

やる気が出ない、何もしたくない
|体が鉛のように重かったあの頃

夫婦関係は変わらず冷え切っていましたが、
そんなことはもうすでに諦めていました。

私にとってただ一つの希望であり、光であり、
絶対に諦められない存在――
それは、愛する息子でした。

その息子の問題は、ようやく落ち着き、
本来なら心は軽くなるはずなのに…。

理由が分からないまま、
苦しさだけが続いていました。

でも、これだけは確信していました。

すべての苦しみは、
寄り添ってくれない夫がいるせいだと。

私は、現実が原因だと思っていたのです

相変わらず
毎朝、目が覚めた瞬間に絶望が全身にのしかかる。

体は鉛のように重い。

何をするにも、まず心に「喝」を入れないと動けない。

料理ひとつ、洗濯ひとつ
気力を振り絞って必死でやる。

少し気を抜けばソファに沈み、そのまま動けなくなる

テレビなんて、
もう3年見ることもなくなっていました。

ドラマの内容を理解する「思考」すら疲れてしまう。
頭を使う気力は、すでに枯渇していました。

なにもかも、ただ「疲れる」のです。

▶この頃の私は、まさかこんな自分になるとは
思っていませんでした。
今の私はこちらです🍃

幸せは自分で決めると気付いたとき、私は幸せになった
周りの状況で幸せが決まっていた私。世の中の「こうあるべき」に縛られ、夫や子供の行動を常にその基準で見ていました。そして、その基準から外れていた我が家は”幸せではない”と、私が勝手に決めていたのです。でも、気づいたのです。私の幸せは誰かに与えてもらうものではなく、自分が何を感じ、何をしたいのか、その中にあったのだと。そのときから私は「こうあるべき」を手放し、自由な自分へと変わっていきました。

興味もない、流しっぱなしのYouTube を
思考の停止した状態でただボーっと眺める毎日。

もうそれしかできなくなっていました。

そんな私に、姉や友人が言います。

「気分転換が必要!どこか行こうよ」

…無理。

動けないのです。
なにもしたくないのです。
ただ、頭と体を休めていたい。

家事と息子の世話、それだけは絶対!

その強い責任感だけで必死に体を動かしましたが、
それ以外の時間など、もう何一つ気力はありませんでした。

毎朝起きた瞬間から、寝る時間を待ち望みました。

「今日も…寝る時間までなんとかやり過ごそう」

寝る時間だけが救いだったのです。
眠れば何も考えなくていい、体も動かさなくていい。

布団に潜り込む瞬間だけが
私の唯一のホッとする時間だったのです。

そして、息子が高3に進級したとき。

壊れたレコードのように
ある言葉が頭の中で流れ続けるようになりました。

――人生なんて、
死ぬまでの時間つぶし

楽しくても、
辛くても、
どうせ人間はいつか死ぬんだから。

それなら、別に
楽しさを感じなくたっていいんだ。

その思考が、常になにをしていても
グルグルと流れるようになりました。

そのうち
気付くとこんなことも
考えるようになりました。

人間は孤独だ

自分の頭の中を
他の誰も知ることはできない。

私が今日、どんな気持ちで皿を洗ったか。
どんな心でシーツを敷いたか。

その1つ1つを、私が言葉にしない限り
誰にも伝わらない。

私が死んだら、
そのすべては誰に知られることもなく
この世界から跡形もなく消えるのだ。

人間は、なんて孤独なんだろう。

ネットニュースで見かけた
知らない誰かの死に
ただただ心が奪われました。

その人は最後に何を思ったのか?
遺された家族はどうなるのか?
加害者はなぜ?

一つの事件に
一週間も囚われ続けました。

…私に一体なにが起きてるのか。
今までの自分にはなかったことです。

50も過ぎると、死が身近になるから?
誰もがこんなことを考えるようになるの?

そう思って母に聞いてみたりもしましたが、
ただ心配されました。

決して死にたいわけじゃない。
でも、生きることに疲れ切っていた


“いつか死ぬそのときまで、
今が過ぎるのを待っているだけ”

私は毎日を、ただ淡々と消化していたのです。

「息子を育て上げねばならない」
私の動く理由は、ただそれだけ。

夫とは、一生分かり合うことはない。

息子が巣立ったら、
家庭内別居で老後を過ごすだけ。

そう信じて疑わなかった
――あの日までは

あの時の私はまだ、
苦しさの本当の原因が、
自分の内側にあるとは思ってもいませんでした


止まってしまった心は、
この物語の次の扉に繋がっていきます。

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