やる気が出ない、起きられない朝|絶望から始まっていたあの頃

心を整える

やる気が出ない。
朝、起きるのがつらい。
何もしたくない日が続いている。

そんな状態が続くと、
「自分は本当にダメな人間だ」と思ってしまいます。

でも実はそれ、やる気の問題ではなく、
自分の内側にある思い込みや、これまでの記憶によって
気力が奪われている状態なのです。

本当はやらなければいけないことも分かっている。
でも体が動かない。

気持ちだけが焦って、何もできない――

私自身も、朝、目が覚めた瞬間から絶望を感じ、
一日を始めることすら苦しい時期がありました。

この記事では、
やる気が出なくなってしまっていた頃の私のリアルと、
そこから抜け出した変化についてお話しします。

やる気が出ず、体を動かすことすらしんどかったあの頃

やる気が出ない日が続いていたあの頃、

朝、目が覚めた瞬間から、もう絶望でした。

「ああ、また1日が始まってしまう…」

そんな感覚が、体の奥からじわっと押し寄せてくるんです。

本当は、やらなければいけないことは分かっていました。
家事もしなきゃいけない。
子どものことも、ちゃんと見てあげなきゃいけない。

ゲームを与えておけば楽なのに、
「それじゃダメだ」って、どこかで思っている。

ちゃんと向き合わなきゃ。
外に連れていかなきゃ。
遊ばせてあげなきゃ。

そう思えば思うほど、
体が動かなくなるんです。

あれもしなきゃ、これもしなきゃ。
家事も、子育ても、ちゃんとやらなきゃいけない。

でも、動けない。

だから、子どもが起きるまでは、
自分もそのまま、じっと布団の中にいました。

本当は、先に起きて、
朝食の準備などパタパタと動いて、
朝のお母さんの音 ”で
子どもを起こすような朝が理想なのに。

そんなこと、
とてもじゃないけどできない。

それが、実際の私。

でも、あの頃の私の内側には、
母親”というものに対する強い思い込み
あったのです。

その思い込みは、
無意識のうちに、毎朝、自分を責めていたのです。

内側にある思い込みや記憶が、
私自身を少しずつ動けなくしていた

今なら、そう分かります。

「子供が目を覚ますまでの間だけ。
このまま静かに寝ていよう。」

それが、あのときの精一杯でした。

頭ではわかっているのに、体が動かない。

土日になると、さらにひどくなります。

子どもが
「ママ、起きようよ」
と声をかけてきても、

「しりとしでもしよう」「もう少し…」
そう言って、なんとか布団に引き止める。

気づけば、
11時近くまで起きられないこともありました。

そこからやっと、仕方なく体を起こして、
一日が始まる。

今なら、考えられないような朝です。

犬の散歩なんて、もう無理でした。

「夜でいいからお願い」と、
夫に毎日頼んでいました。

家事もできない。
子育ても思うようにできない。
その上、犬の散歩までなんて。

とてもじゃないけど無理でした。

この状態に至るまでは、こちらに書いています。

やる気がでない、なにもしたくない…子育てが落ち着いても苦しさが消えなかったあの頃|第2話
やる気が出ない、何もしたくない。体が鉛のように重く、少し気を抜けば動けなくなる日々。子育てが落ち着いても心が軽くならなかった私が、生きることに疲れ切っていたあの頃の記録です。

それでも、結局は
私が行くことがほとんどでした。

あと1時間したら行こう。
夕飯の後に行こう。
お風呂のあとにしよう。
寝る前にいこう。
明日の朝でいいかな。

そんな風に先延ばしして、

最後は仕方なく、
なんとか体を引きずるように
外に出る。

あの頃の私は、
一歩外に出ることすら苦痛だったのです。

全部が重くて、嫌で、逃げたかった。

それでも、
仕事がある日は起きなければいけない。

だから、毎朝、自分に“喝”を入れて、
無理やり体を起こしていました。

苦しみながら、なんとか仕事に行く。

でも、人前ではそれを一切見せませんでした。

「楽しそうだね」
そう言われることもありました。

絶望で目が覚める話も、
面白おかしく話してしまうから、

周りは笑って聞いているだけ。

でも、私の中では――
本当に、ただただ苦しい時間でした。

けれど今は、

朝、目が覚めた瞬間から
あの重たい圧のような感覚はありません。

「まず散歩に行って、あれして、これして…」

そんなふうに、軽く考えられる。

あの頃と今では、
“考えることの重さ”がまるで違うのです。

内側にあった思い込みや記憶がほどけたとき、
無理に頑張ろうとしなくても、
自然と動ける自分に代わっていきました。

🍃ここまで読んでくださって
ありがとうございます。


あの頃の私には想像できなかったけれど、
今は、朝が来るのが待ち遠しい毎日です。

幸せは自分で決めると気付いたとき、私は幸せになった
周りの状況で幸せが決まっていた私。世の中の「こうあるべき」に縛られ、夫や子供の行動を常にその基準で見ていました。そして、その基準から外れていた我が家は”幸せではない”と、私が勝手に決めていたのです。でも、気づいたのです。私の幸せは誰かに与えてもらうものではなく、自分が何を感じ、何をしたいのか、その中にあったのだと。そのときから私は「こうあるべき」を手放し、自由な自分へと変わっていきました。

朝が起きられなくなった私は、
同時に人に会うのも怖かったです。

人に会うのが怖くなった私|15年間、人を避けて生きていた理由
人と会うのが怖くなり、15年間、人を避けて生きていた私の記録です。子育ての中に自信を失い、周りと自分を比べて自分を責め続け、誰にも会わないように過ごしていた日々。それでも少しずつ変わり、本来の自分を取り戻していった過程を綴ります。

☕ Instagramでも発信しています

頑張りすぎてしまうお母さんへ。

子育てや夫婦関係のこと、
心が少しゆるむ言葉を発信しています。

Instagramはこちら
前へ | 記事一覧 | 次へ
HOME
タイトルとURLをコピーしました