やる気が出ない、起きられない朝|絶望から始まっていたあの頃

心を整える

やる気が出ない日が続いていたあの頃、

朝、目が覚めた瞬間から、もう絶望でした。

「ああ、また1日が始まってしまう…」

そんな感覚が、体の奥からじわっと押し寄せてくるんです。

本当は、やらなければいけないことは分かっていました。
家事もしなきゃいけない。
子どものことも、ちゃんと見てあげなきゃいけない。

ゲームを与えておけば楽なのに、
「それじゃダメだ」って、どこかで思っている。

ちゃんと向き合わなきゃ。
外に連れていかなきゃ。
遊ばせてあげなきゃ。

そう思えば思うほど、
体が動かなくなるんです。

あれもしなきゃ、これもしなきゃ。
家事も、子育ても、全部やらなきゃいけない。

でも、動けない。

だから、子どもが起きるまでは、
自分もそのまま、じっと布団の中にいました。

本当は、先に起きて、
朝食の準備などパタパタと動いて、
” 朝のお母さんの音 ”で
子どもを起こすような朝が理想なのに。

そんなこと、とてもじゃないけどできない。

「このまま、静かに寝ていよう」

それが精一杯でした。

土日になると、さらにひどくなります。

子どもが
「ママ、起きようよ」
と声をかけてきても、

「しりとしでもしよう」「もう少し…」
そう言って、なんとか引き止める。

気づけば、
11時近くまで起きられないこともありました。

そこからやっと、仕方なく体を起こして、
一日が始まる。

今思えば、考えられないような朝です。

犬の散歩なんて、もう無理でした。

「夜でいいからお願い」と、
夫に毎日頼んでいました。

家事もできない。
子育ても思うようにできない。
その上、犬の散歩までなんて、
とてもじゃないけど無理でした。

この状態に至るまでの流れは
👉こちら
に書いています。


それでも、結局は
私が行くことがほとんどでした。

あと1時間したら行こう。
夕飯の後に行こう。
お風呂のあとにしよう。
寝る前にいこう。
明日の朝でいいかな。

そんな風に先延ばしして、

最後は仕方なく、
なんとか体を引きずるように
外に出る。

あの頃の私は、
一歩外に出ることすら苦痛だったのです。

全部が重くて、嫌で、逃げたかった。

それでも、
仕事がある日は起きなければいけない。

だから、毎朝、自分に“喝”を入れて、
無理やり体を起こしていました。

苦しみながら、なんとか仕事に行く。

でも、人前ではそれを一切見せませんでした。

「楽しそうだね」
そう言われることもありました。

絶望で目が覚める話も、
面白おかしく話してしまうから、

周りは笑って聞いているだけ。

でも、私の中では――
本当に、ただただ苦しい時間でした。

けれど今は、

朝、目が覚めた瞬間から
あの重たい圧のような感覚はありません。

「まず散歩に行って、あれして、これして…」

そんなふうに、軽く考えられる。

あの頃と今では、
“考えることの重さ”がまるで違うのです。

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