やる気が出ない—疲れ切った心と体のまま、生きていた|第2話

物語

夫婦関係は変わらず冷え切っていましたが、
そんなことはもうすでに諦めていました。

私にとってただ一つの希望であり、光であり、
絶対に諦められない存在――
それは、愛する息子でした。

あれほど長く苦しんだ息子の問題はようやく落ち着き、
私の大きな願いがついに叶った――はずでした。

なのに。

心は、少しも軽くならなかったのです。
それが一体なぜなのか、
自分でも分からず…ただただ戸惑いました。


相変わらず
毎朝、目が覚めた瞬間に絶望が全身にのしかかる。

体は鉛のように重い。

何をするにも、まず心に「喝」を入れないと動けない。

料理ひとつ、洗濯ひとつ
気力を振り絞って必死でやる。

少し気を抜けばソファに沈み、そのまま動けなくなる


テレビなんて、もう3年見ることもなくなっていました。
ドラマの内容を理解する「思考」すら疲れてしまう。
頭を使う気力は、すでに枯渇していました。

なにもかも、ただ「疲れる」のです。


興味もない、流しっぱなしのYouTube を
思考の停止した状態でただボーっと眺める
もうそれしかできなくなっていました。

そんな私に、姉や友人が言います。

「気分転換が必要!どこか行こうよ」

…無理。

動けないのです。
なにもしたくないのです。
ただ、頭と体を休めていたい

家事と息子の世話、それだけは絶対にやらねば!
その強い責任感だけで必死に体を動かしましたが、
それ以外の時間など、もう何一つ気力はありませんでした。


毎朝起きた瞬間から、寝る時間を待ち望みました。

「今日も…寝る時間までなんとかやり過ごそう」

寝る時間だけが救いだったのです。
眠れば何も考えなくていい、体も動かさなくていい。

布団に潜り込む瞬間だけが
私の唯一のホッとする時間だったのです。

息子が高3に進級したとき。

壊れたレコードのように
ある言葉が頭の中で流れ続けるようになりました。

――人生なんて、
死ぬまでの時間つぶし

楽しくても、
辛くても、
どうせ人間はいつか死ぬんだから。

それなら、別に
楽しさを感じなくたっていいんだ。

その思考が、常になにをしていても
グルグルと離れなくなりました。

そのうち
気付くとこんなことも
考えるようになりました。

人間は孤独だ。
自分の頭の中を
他の誰も知ることはできない。

私が今日、どんな気持ちで皿を洗ったか。
どんな心でシーツを敷いたか。
その1つ1つを、私が言葉にしない限り
誰にも伝わらない。

私が死んだら、
そのすべては誰に知られることなく
この世界から跡形もなく消えるのだ。

人間は、なんて孤独なんだろう。

ネットニュースで見かけた
知らない誰かの死に
ただただ心が奪われました。

その人は最後に何を思ったのか?
遺された家族はどうなるのか?
加害者はなぜ?

一つの事件に
一週間も囚われ続けました。

…私に一体なにが起きてるのか。
今までの自分にはなかったことです。

50も過ぎると、死が身近になるからなのかな?
誰もがこんなことを考えるようになるのかな?

そう思って母に聞いてみたりもしましたが、
ただ心配だけされて終わりました。


決して死にたいわけじゃない。
でも、生きることに疲れ切っていた


“いつか死ぬそのときまで、今が過ぎるのを待っているだけ”

私は毎日を、ただ淡々と消化していたのです。

とにかく息子を育て上げねばならない。
私の動く理由は、ただそれだけ。

夫とは、一生分かり合うことはない。
息子が巣立ったら、
家庭内別居で老後を迎えるだけ。

そう信じて疑わなかった
――あの日までは



止まってしまった心は、
この物語の次の扉に繋がっていきます。

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