今の私は、とても穏やかで、平和で、
自分のやりたいことを、やりたいときにやる、
そんな当たり前で、それでいて、最高に幸せだと思える毎日を送っています。
それはまるで、
まだ何の責任も背負っていなかった頃、
ただ毎日を楽しく過ごしていた
小学生の頃の私に戻れたような感覚です。
本来、人はそうであっていいのだと思います。
結婚したから。母親になったから。
良い妻であり、良い母親でいなければならないから。
子どもを立派に育てなければならないから。 そんなふうに、
いつの間にか「〜ねばならない」を自分で背負い込み、 自由だったはずの自分を、がんじがらめにしてしまっていました。
けれど、人は本来、
そんな重たい役割に縛られる存在ではなく、
もっと自由で、もっと軽やかで、
自分の人生を、自分の感覚で生きていい存在なのだと思います。
魔法で、突然今の自由な幸せを手に入れたわけではなく、
ただ、自分を縛っていたものを、
少しずつ手放してきただけなのです。
そして、”今の私” が出来上がったのは、
何か一つの出来事だけで、
急に変わったわけではありません。
確かに、あの日、
アクセスバーズの体験が、私の頭に「余白」をつくってくれたことこそ、
「今の私」への始まりでした。
でも、
それだけで今の私になったわけではなく、
その後、私はその余白の中に、
惜しみなく ”自分の内側に目を向ける時間” を作り続けた中で、
今の私になる変化が少しずつ進んでいったのです。
内側に目を向ける時間とは
私がやっていたことは、
とても簡単で、
誰にでもできることでした。
それは目が覚めた朝から始まります。
「今日も元気に目覚めてくれて、ありがとう」
こうして、「内側の自分」に、「自分」が感謝と労いの声をかけるのです。
「自分に感謝!
自分、今日もありがとう!」
⸻
もちろん、感謝は自分だけにではありません。
電車に乗れたとき、
「運行してくれている人がいる。ありがとう。」
スーパーで、
「お店の方々がいるから食材が買える。ありがとう。」
「夫が働いてくれたお金で買っている。夫、ありがとう。」
息子がゲームで怒っている後ろ姿に
「健康だから怒れる元気がある。息子、元気でありがとう。」
学校の前を通りかかったら
「先生たちが、息子を今日も預かって学びを与えてくださっている。感謝だなあ。」
今まで素通りしていた全てに、
ひとつずつ立ち止まって、
心の中で「ありがとう」と感謝を伝えていく。
⸻
自分自身には、朝から寝るまで声をかけていました。
そりゃ、自分とは誰よりも1番一緒にいるわけですからね(笑)
「今日もちゃんと起きられたね、偉いね」
「息子を遅刻せず送り出せたね、今日も流石です」
「反省しすぎなくていいよ、失敗という学びに感謝だね」
自分が誰よりも、どんな自分でも認めて肯定し、
世界で1番、自分の味方であり応援者であり続けました。
⸻
気づくと私は、毎日、
自分と対話しながら過ごすことが当たり前になっていきました。
一人の時は、声に出して会話、
外では心の中でずっと会話しています。
「どうして、今それが気になるの?」
「本当にそれがしたいの?」
「なにが食べたいの?」
「なんかモヤモヤしてるね。どうしたの?」
返ってきた感覚を、
無視せず、ちゃんと受け取りながら、
自分との会話を続けます。
答えが返ってこないときもあります。
問いかけても「無」なのです。
そんなときは
「そっか。答えたくないんだね。
じゃあ、今は決めないという選択にしよう。
伝えたくなったら教えてね。
そしたら、私はすぐに”それ”をするからね!」
とだけ、伝えておくのです。
⸻
「一人で一体なにしてるの?」
と不思議に思われますよね(笑)
でも、
そうしているうちに、私は、
人の気持ちや、人の世界に
入り込まなくなっていきました。
息子には息子の世界があり、
夫には夫の世界がある。
私自身の内側の世界に戻っていたのです。
家族それぞれが自分の世界にいると、
そこには、平和で穏やかな時間しか存在しなくなりました。
今まで、
私が相手の世界に入り込んでいたから、
自分も、そして相手も苦しかった・・・
そこに、今の私は気づけたのです。
あんなに会話の無かった夫婦でしたが、
関係性が穏やかになったことで、
今では、他愛のない会話で笑いあい、
たまには2人でおでかけもするようになりました。
そして息子は、
今も、今までもずっと変わらず、自分の好きなように生きています。
私がずっと、勝手に心配して、息子を邪魔していたんだなあ・・・と、
そして、今気づけて本当に良かったなと、心から思っています。
⸻
・自分を否定せず、「そのままでいい」と認めること。
・自分を責めずに、とにかく優しくすること。
・いつも自分と会話すること。
これを続けたことで
今の私がいます。
そして、これら全ては、
息を吸うように私の一部になっています。
⸻
そうしてたどり着いた今の私は、外側を必死に変えようとしなくても、
ただ、自分の内側に戻ることで、
心は静かに整っていくことを知っています。
この先にあるのは特別な自分ではなく、
ただ本来の自分に戻った私。
それが、今の私です。


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